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保健所に持ち込む人 

保健所が守るのは、人であり動物ではない

この意識が、間違った方向にまで浸透してしまっているんだな

と思うことは よくありました。

今でも、意識転換はされていません。

動物を捨てるのは犯罪です。
というのは、捨てる、ということを問題にしているのであって

何処へ、という場所の問題ではありません。

つまり 捨てたらいけない、ということであって

保健所になら捨ててもいい、ということではない。
(実際は、許されてしまっているが)

倫理的には、飼育放棄は、れっきとした罪です。


でも、これまでの長い歴史を考えると仕方ないのですが

保健所は、保健所に捨てることを 非 と考えることができません

山に捨てたり街中に捨てるくらいなら、保健所に捨ててくれ、という考え方です。

徘徊犬をなくすために、という名目で。

倫理や道徳的な問題よりも 実益を(人間社会の)とっているということ。

だから、どんな理由でも引き取りOK という人々が中に存在しています。


あきらかに、愛護法とはずれているのですが・・

狂犬病予防法も 生きている法律であるので

どうしても そこに矛盾が生じてしまうのです。


犬の回収車が 全国的には、いまだに存在してます。

世間的に知られたことで批判も増え、減っては来ていますが・・。

捨てやすいシステムをあえて作って

何でもかんでも、引き取って 殺して・・

とやってきた行政です。

犬猫のことは まったく考えてないわけです。

まるで ゴミ扱い。 
不用犬、という言葉をつくったくらいだから、そう思っていたということです。


住民サービス、という言葉で それが表現されていると知った時は

非常に驚きました。

そして、そういう思想が 保健所の基本の考え方なのだ・・と実感する場面もよくあって、

それはちがうでしょう、と 何度も言いかけて言葉を飲み込んだことも何度もありました

価値観の相違、は 大抵平行線に終わるだけ。


9月より 法律が変わりました。

高齢や病気など 当然飼い主が責任をもって看取るべき場合は

引き取り拒否できる、となりました。

でも

しない

というか 公言もしない


これまでの考えを変えることができないからです。

頭の中が、狂犬病予防法でいっぱいで 愛護法の入る余地がない。

そんなことして、そこらへんに捨てられたら

余計面倒じゃないか、ということです。


それで、言い方悪いですけど 悪人の片棒を担ぐわけです

悪い人の見方をする、間違っている人のお手伝いをするわけです。

そこに、正義はない。

命を大切に、とか 最後まで飼いましょう、と言っているくせに

それはそれ、と 完全に割り切れてしまうのが・・・

なんとも 悲しい話。


捨てたい人を助ける?

悪いことする人を助ける? ってことですよね。


飼い主が亡くなったとか、本当にやむを得ない場合はあります。

が、

年取ったから、とか 病気になってお金が払えない、とか・・

それ、人間として問題ですから。

保健所は、道徳教育する場所じゃないっていうかもしれないけど

人として、正しくあろうと努力しましょう。努力してもらいましょう。


殺される犬猫については知らん、ってことですよね。

それ、命を大切にしてるって言えますかね。

保健所職員もいろんな人がいるから 一概には言えないけれども

古い価値観が捨てきれない人はたくさんいます。

時代に遅れている、と分かっていても動けない人もいる。

まったく わかりたくもなくて、頑なな人もいる。


とりあえず、
少し前から松本保健所へホームページへの掲載追加を依頼しています

引き取り拒否の事例について

参考:岡山県ホームページ

引き取り拒否もありうる、ということを
宣言するのがどうしてはばかられるのか

一般人の私としては、理解ができません。



フェンス関連の取材で、犬が映ったのですが

その中に、持込み犬がいました。

取材の日に初めて会ったのですが、歩けなくて、抱っこして外に・・。


どうして引き取ったのか、と 抗議したところ

いろいろ説得もしてみたが・・ 

保健所で手をついて泣かれた、と言われました。


住民サービスの観点から言うと、引き取るのが人助け、でもあり

街中への放棄防止になる、という考え。


でも・・いい大人が、泣きますかね。(男性です)

悪いことしているのに、泣けば、許してもらえるのですかね

そんな風に、育ってきてしまったのですよね。

泣いたら、許される。

可哀そう、と同情してもらえる、と。


最悪だ、と思います。

でも、どうしようもない。

そういう人間も抱えているのが、社会ですから。


取材の時に、その子も映ってしまってよかったのかな、とちらっと思ったけど

たぶん職員さんもそうは思っただろうけど・・ なんとなく

誰も動かなかった、ということです。

それで、そのあほな元飼い主が、保護してくれた団体さんのところに

押しかけたようです。また会いたい、とさ・・。


嫌な思いをさせて、すみません。この場を借りてごめんなさい。


でも、生きていても、死んでいても

そういう人は、忘れます。

忘れる自信があるから、捨てるんですから。

涙は、自己憐憫。 
その滑稽さもわからないので、気の毒としか言えません。


犬は助けられて幸せでした。 戻されなくてよかった。


私は、安楽死もあり、と思っていて(もちろん麻酔薬で、です)

すぐに保護団体を頼るのはどうだろうか、と考えていました。


その分、安易な引き取りは断固抗議し続けようと思います。

仮に、結局道端に捨てられて、保健所で保護する羽目になっても、です。

なにが 正しいことなのか を 通す方が大事ですから。

保健所に引き取ってもらったら、悪いことしてない、と考えてしまう方が恐ろしい。

貴方は人として間違っている、としっかり言われるべきなのです。



つい先日、猫を持ってきた母娘と犬舎前でばったり会って

私を保健所関係者と勘違いして話しかけてきたんだけど・・

譲渡してもらえるかも、と思ってきたようです。

そう思って持ってきたのだから、私たちって酷くないよね、ってことかもしれないし・・。

よく、分かりません。


私がどうのこうの言う立場にはないので

「ボランティアのところもいっぱいです」
「親猫を避妊してあげないと 繰り返しです」
「餌やりしている人にちゃんと言ってください」というだけにとどめました。

私たちが餌をやっているわけじゃない、と 彼らは言っている・・・
(でも、ふつうあれだけ大きくなった子猫はつかまらないわ・・・)


私は犬の散歩が目的で言っているので、すぐその場を離れましたが

帰っていく2人は

どこか、すっきりとした表情に見えました。


厄介払い、なんですね。

高齢や病気で犬を捨てる人間も

ああ、楽になった、って思っているんです。

そう思える人だから、捨てられるんです。

それは、もう しょうがないと思ってあきらめるしかない。


ただ、 役所がそういう人の味方に回ってはいけない。

これだけは、強く思っています。

行政は、道徳的であるべきであり、正しさが必要だから、です。


公務員の汚職問題や腐敗、現実は違うかもしれないけれども

正しくあるべきところ、なのは事実なのだから。


ご都合主義にならないように

慣例主義で、停滞しないように

行政の意識転換をまず、期待して 

諦めずに訴えていきたいと思います。














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