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雨の夜中に考える 

久々に全県版をみてみました。
どうして、佐久保健所はこんな迷子が多いのか・・・

順当にどこも減っている気でいたけど
地域差はやっぱり?大きかったか・・・
なんだか、茫然とする多さで驚きました。

佐久は収容施設も狭くハード環境は一番よくないと聞いているのに
そこが一番収容が多いとは・・

軽井沢、小諸 等 東京からも近いということも
理由にあるようだけれども

松本保健所の様に 地元紙に迷子情報をのせてもらったらどうだろう・・
(やっているかどうか確認したことはないけども)

大町保健所は、迷い猫を市民タイムスさんに載せてもらったりしていてすごいけど
ホームページには猫は載せないのは それもまたなんでだろう・・
松本と同じ理由で 猫は対象外ってことなのかもだけど
市民タイムスに載せるくらいなんだから
迷い犬猫情報として載せたらどうなんだろう・・

と思ったりしました。

市民タイムスに載っている迷子ねこは⇒チャイムさん情報
(松本でも載せてくれ!と市民タイムスに強く意見してくださった方です
その熱意が実った、と思っています。)


劇的に減ったのは・・ 松本保健所だけだったりするのか?
10か所も保健所があると全体を見る機会があまりないんだけど
全体が減らないことには ガス室もガス処分体制も継続してしまうわけで・・・

松本の犬の殺処分が 1、とか2とか3とか
そうなったら絶対に三郷管理所は廃止になる、とはじめは思っていたけど
そうはならなかった・・・
まさか 北信・長野から運んでくる話になるとは・・(おととし北信管理所が廃止されたため)

猫数は減ってきていても横ばいだし・・
殺処分トータルすると 数が大きくなるし

でも、猫の処分は「危険が伴う作業」 なのかなぁ・・
精神的に嫌だというのはよくわかるけど。


見守り隊も 実は見守っているだけでエネルギーは消耗します
気にし続けるって、意外にも大変なので。

もう、絶対に収容ありませんっ、ってまでは言い切れないし
飼い主は全部でてきますっ って約束されたわけでもないので
地味に 気にし続けるわけです
それは散歩ボラさん皆さん同様だと思います

もともと規約も何もない、ゆるゆるな感じなんで
フェイドアウトもゆるゆるでいいかなぁ・・と
このまま劇的に少ない状況が続くことを祈りたいです
そしたら、完全に撤退して
職員さんにお任せでボランティアを休業してもいいかもしれない(@_@。

人生のすべてをささげて、と思っているわけではなく
解決すべき問題がとりあえず改善されてくれば
撤収~ も当然ありなわけで・・。

このブログも 少しテーマを変えて
動物問題を俯瞰しつつ たまに書いていけたらいいのかな??
等と思ったりしています

匿名ブログではないので、やたらなことは書けませんが(笑)
地味な意見発表の場に使えるかもな~ 
などと
ザーザー雨の夜 考えてみるのでした。

このブログ・・
地元の関心ある人々に向けての発信として書いていましたが
思わぬ遠方の方が見てくださることもあり
なにかしら、活動のヒントになったらいいなぁ、と思って書いてもいました。

閉鎖的な保健所でも、敷居が高く感じても
勇気をもって声を掛けてみる とか
とりあえず見させてもらう、とか
なんにしても現状を知ってみる、とか・・
一人でも結構できることってあるかも、とか・・
(「明日も一緒に起きようね」の人も、お一人で保健所に通って猫のお世話しているお話でした)

犬が取り立ててすごく好きってわけでもなく
猫がすごく好きってわけでもないのに
(ふつうに どの子も可愛い、と思うくらいです。選り好みはあまりありません)
よくやってきたなぁ、と思います。

よく、とにかく一匹でも助けたいから、と保護活動を始める人が多いのだけど
私の場合は・・
社会の在り方として、それはいかんのじゃないの?っていうような
正義感というか・・怒りの感情がとても大きかったので
かわいそう、っていうよりも いつも怒っていました。
怒りのエネルギーから動けた、と言ってもいいと思います。

今は、正直 保健所に対しては ご苦労様という気持ちでいます。
腹の立つことなんて全くありません。ほんとに。
決裂せずに、投げ出さずに 
いい変化に至るまで付き合ってこられてよかったなぁ、と思ったりしてます。
四年(正味3年)は結構長いです、私的には^^

あれれ、最後のご挨拶みたいになっている(^_^;)

最後のご挨拶・・したいなぁ、と思うけど
それはそれで、気になる隊なので まだ無理かな


それぞれの地域で、それぞれに身近な人が頑張って
変化を作って行ってもらえたら、と願います。
地元をよくしたい、というのは とりあえずある程度叶ったので
(もちろん私だけじゃなく、その間いろんな人が動いていた)

わたしも自分の生活に返って行ってもいいかなぁ、と思うわけです。

これまでも何度もそう思うことがありました。

初期、困ったチャンの大型犬を引き出してしまった時
ものすごい苦労があって・・ 最終的には我が家において
いろんなものを齧られ壊されながら(植物とか配線とか・・)
誰に相談しても、貰い手は難しいよ・・と言われ・・・(T_T)
「この犬の貰い手が見つかるまでは頑張ろう」と思ったり・・

フェンスを作ったら・・という提案をしてから1年以上もたち
やっと作れる運びとなったときの ごたごたごた・・
「とりあえず出来上がるまでは頑張ろう・・」と思ったり

そうそう、市内の全小学校を転々と 啓発パネルを抱えて巡回
校長先生にお話を!とか
私らしくない思い切った活動もしてもきました。
愛護会の啓発部の活動、となったけど
わたし含め二人しか やるひとはいなくて 大変で・・
そのときも
「これだけは終わるまで頑張ろう」と思ってやりました。

全部無償労働なんで まぁよくやったなぁ・・ってほんとに思います。
なにをするのが効果があるのかわからないので
片っ端から思いつくままやった、という感じです。
非常に切実感がありました。
犬の殺処分は、絶えず身近にあったからです。

保護をしているだけでは変化は起きないし
エンドレスになるだけだ、と思ってたってのもあるけど・・

犬猫保護のボラさんっていうのは
本当に、とことん好きじゃないとできないものだと思います
ある意味ふつうの人では無理です。
やりがいとか生きがいまでセットにしている場合、継続できることだろうと思います。

わたしは、動物をやたらに、簡単に 無慈悲に殺さない社会になればいい
と願っただけし それは今も願っています。

犬猫に限らず すべての動物に対して・・です。
ただ、効率的で人間中心社会においては 異端扱いされますよね
偽善的だ、とか きれいごとだ、とか・・

犬猫救済は、まだ賛同を得やすいし、一般人の理解もそれなりにあります。
私が保健所の犬 から始めたのはそれが理由です。
それからまる四年。大学なら卒業です(比べる問題かいっ)
一段落ついてもいいかなぁ、とまじめに やっぱり考えるこの頃です。

どうしたら解決するのかな
なにを改善すべきなのかな
何処を目指すべきなのかな

と考えるのと、ひたすら助けることとは少し違う
犬猫そのものと切実に向き合う人たちと自分は少し違うんだ、と
最近も感じることがありました。

救済のボランティアは確かに有難い存在だけど
やっている人はそうでない人を軽蔑したりしてはいけないし
やりたいことを自らやっているだけなんだ、という謙虚な気持ちが必要だろうと思います

こんなに苦労しているんだ、という苦労自慢は 見苦しい。
自己満足な世界でもあるので、自分で自分をほめていればいいので
やたらに評価を要求してもいけない気がします。
あんなやり方じゃダメとか 広い定義で言えば仲間なのに
上下をつくるのも ありがちだけどよろしくない。

そういう世界とも少し距離をおいて 淡々と
流れに合わせながら 無理なく
ここまでやってきたことについては自己満足することにして

さらにゆるゆるを目指していこう・・・という 

雨の夜中の 独り言でした。 マル^^

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