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動物愛護について考える 

少し前まで私は動物愛護活動とは無縁で生きてきました。
無関心だった理由のひとつには
犬を飼ったことがなかった、というのがあります。
実は、親がそろいもそろって動物嫌い。
子どものころからペットとは無縁でした。
そんな家庭環境でも、こんな子が育つと思うと・・
不思議です。

大人になってからも、飼おう、と思わなかったのは
ペットショップというところが、なんとも嫌な感じがしたこと。
それに、家にいる時間がなかったことがあります。

家族の皆が、仕事や学校でほぼ一日留守をする。
そういう家庭では犬猫を飼ってはいけません。

「お留守番ができるようにしておけばいい」というのは
人間界の都合。 
売る人や買う人、飼う人がそう思いたいだけだと思っています。

動物を飼うのはエゴだ、という人たちがいます。
イコールではないけど、一理あります。

まず、生体販売が横行するのは、ペットを買う、飼う人が多いから。
買う人がいるから、売る人がいる。
売る人がいるから、作る(産ませる)人がいる。

ものではない、命だ、と言ったところで
ものとして扱われている事実は否めません。

だって、殺処分、といいますよね。
動物の命を殺すという意味の言葉を、この社会は持っていません。

しいて言うなら、屠畜・・。

余談になりますが
これは、屠殺ということばを無理に変えたものです。

「殺」ということばには、「悪」が連想されるから。
「殺すのはいけないこと」という感性を、実は皆が根底に持っているからです。

十戒にはじめに、「殺すなかれ」ってありますよね。
仏教にも「殺生」ということばがありますし。
でも、いろんな理由をつけて、殺してます。
理由は、いろいろです。正当化、とも言えます。

そういうわけで「殺処分」というより、「致死処分」という方が好まれます。


「殺人」という言葉はあるけど

殺犬とか、殺猫とか、殺動物、っていうことばがない。
動物を殺すということに対して何の概念も、持ってないからかも・・

しいて言えば、やっぱり「殺生」という言葉しか思い当りません。

「殺生はよくない」・・ と私は思っていますが
そう言うと、「偽善だ」と言われてしまうくらい・・
私たち人間は、日々、動物を殺しています。

だから、そんなこと言えるはずもありません。

「犬猫を殺すのはよくない」 
そうなると、ますますおかしなことを言っていることになります。

いのちの差別を堂々と認めることは
絶対、動物愛護ではないし、その前に・・
倫理的にどうなんだろう、と私は思うからです。

動物愛護活動の胡散臭さは・・・

ここに起因する、と思っています。

その中で、悶々としながら、
いつも考えながら、活動をしています。

活動・・・・というと
多くの人が、レスキューをイメージします

犬猫の命を救う、活動です。
具体的には、自身が保護することでもありますが
そんなのすぐ限界が来ますから
保護した個体を、譲渡する。
譲渡先を探す(貰い手を探す)ということになります。

動物愛護活動、というよりも、保護活動、と言った方が
わかりやすい活動ですね。

私が、この犬猫の問題に首を突っ込むようになった理由は
犬猫救済が直接の理由ではありません。

一番、身近な動物問題だったから、というのがあります。

「とにかく一匹でも助け出したい」という動機ではなく
一般的にみられる動物保護活動家とは、微妙に違っていたので
いっそう、右往左往することになりました。

目の前に、死と向かい合わせの動物がいたら
誰しもが感情的に(普通の人間なら、ですが)なるもので
私も、保健所に足を踏み入れた当初は
そんな感じで動揺もしましたけど・・・。

保護して助け出すだけでは問題解決にはならない、という思いは
ずっと持っています。


動物の問題(犬猫問題)は、昨日今日に始まった問題ではなく
悲惨な長い歴史を持っています。
そして、何をもって解決となるのか、
何が正解なのか、いまだに誰もよくわかってないかもしれません。

諸先輩に話を聞こうと思うと、「今はいい、昔はひどかった」と
口をそろえて言われます。
ネットでも 昔の話を読むことはできますが
信じられないような状況です。
捨て犬捨て猫、行政による殺処分数も桁が違います。

それこそ、大量ゴミとして容赦なく殺していた時代は
そんなに昔のことでもありません。


考えてばかりいても意味がないけど
動いてだけいればいいというものでもない。

とにかく、助けたい!それで満足、とそれ以上は考えない人は
犬助け、猫助けがその人の趣味だとも言えます。
なので そういう人々を
過剰な絶賛するのは、ちょっと違うかも、と思います。
自分ができないことを変わってしてくれるってことで
有難い、と思うことはあったとしても。

愛護活動家が嫌われたり、
おかしな人が多いと言われたりするのは
(自分が係わってきて関心を持ってみると、このことがわかります)

ヒーロー・ヒロイン的な・・ナルシズムが見え隠れするから、というのもあるでしょう。
自己満足は、ひっそりとした方がいいです。

そして、そういう「私が!」的な自己顕示欲が強い者どうしだと
軋轢が生じます。 嫉妬も生まれます。

動物保護活動家同士の誹謗中傷対立は、想像以上に多くあります。
ネット上でも見られますし、どこでもあるようです。

あと、社会問題として
寄付金詐欺のようなことが横行しているらしいこと。
大きくなるほどに、この傾向は強まります。

いいことしてるんだから、ちょっとくらいいいじゃないか、って言う人もいます。
ご褒美があってもいいじゃないか、ってことですね。
それを容認する人たちもいます。

でも・・
犬猫で食べていく、ってことは
ペットショップや、ブリーダーと 同じになってしまいます。
譲渡の際、お金が動くことが最近では多いので、まったく変わりません。
「救済された犬」というブランドの犬を安くで買えるところ、
という表現すらできるかもしれません。
(これは、角度を変えてみれば、という意味です)

そういうわけで、愛護団体も動物取扱業に入れよう・・・と
話が出ていますね( 動物愛護管理法の改正において )

多頭飼いとか適正飼育の問題とか、同様に課題になってくるからです。

動物を多く抱え込むということは、適正飼育が難しくなる、ということとイコールです。

かつて救済活動を熱心にやってきた方が言いました。
何十頭も抱えたことのある人ですが。

「犬は一当飼いが基本です」と。

動物愛護の世界の問題は、底なしに深いです・・・・。



話の収集がつかなくなりました・・(笑)

とにかく、保護活動をメインにとは、最初から思っていませんでしたが・・。
ではなにを? と聞く人が当然でます。

そのくらい、愛護活動=保護活動なんですね。

まず、一緒に問題解決を考えていく仲間が欲しい
どうしたらいいか、話し合ったりできる相手が欲しい、って思っていました。

でも・・・
考えるって、すご~く面倒なんです。
愛護法とかも、ちゃんと読んだりするのって、すごく大変。
そして、一番にしないといけないのが
現状の把握、だと思っているのですがこれまた調べたりするのが大変。
行政に文句を言うなら特に、です。
動物行政は全国一律ではありません。

目の前の、大好きなワンコにゃんこを助けている方が
わかりやすくって、満足感も大きいです。
動物好きな人が、動物問題を解決したいと思ってないように
動物問題を解決したい人が、すごく動物好きとも限らない。

わたしは・・後者に近いです。
犬とか猫とか、彼らとの暮らしは気持ちも豊かになりますけど
どうしても飼いたいとか、大好きで大好きで、ってことはない。

よく言われるのですが、動物を不幸にしているのは
動物嫌いの人ではなく

いい加減な性格で 動物が好き、な人たちです。
好きだけど、責任を負うという性格を持っていない人。
可愛いと思ったけど可愛いと思えない時もくる・・
子育てと似ているかも。
でも、投げ出さないというのは、責任とか意志の力です。
 社会の常識、っていうのがストッパーになることもあります。
 (大昔は、捨て子もありだったことを思うと・・)

これがない人が問題なので・・

犬猫に限らず、
自分が係わった命に対しては責任をもつことを
子どものときからしっかりと教えておくことです。
(それでもダメな人はダメだけど)

動物の扱い方で、その国の文化の程度がわかる・・と
ガンジーさんが言ったのはそういうことで。

人間が変わってこない限り、社会全体の意識が変わらない限り
真の問題解決にはならないのです。

どんどん犬猫を助けていくことは
応急処置でしかなく、問題解決には結びつかない。
そういう団体がいるから、安心して捨ててしまえ、なんて人さえ
出てくる可能性は多々あります。

大手の動物愛護団体(救済団体)を抱える県が
ものすごく殺処分数が多いという・・・
不可思議な話が出てくるのはそういう理由もあると思います。

大手の、というのは・・・全国的にも有名という意味ですが
大量保護 大量譲渡、派手な広報をしているところ、とも言えます。


さて・・どうやって、意識が変わっていくのか・・
変えていくために何ができるのか・・

目の前の犬を助けたい気持ちには変わらないけれども

どうなっていくことが、一番いいことなのか

ビジョンすら描ききれない今は、
考えながら歩いていくしかありません。













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