Admin   *   New entry   *   Up load   *   記事一覧

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カテゴリ: スポンサー広告

Trackback: --   コメント: --   

相次ぐ ブリーダーの犬殺し・遺棄について 

昨日NHK9時のニュースのトップで取り上げていました
佐賀県のマルチーズ大量放棄事件

またまた 行政側かなにかのコメントに
引き取り拒否になったことが語られて
 
「以前は処分数として 把握できたけど・・」
みたいなニュアンスのことを言っていました

把握してたらどうだっていうの、殺していたのは同じことでしょうが・・て思うんですけど

まぁ、こういう犬が日本中に実はたくさんいるってことです
保健所に来る犬よりも、もっともっと哀れで惨めで救われない犬たちがいるってことです

それを、社会はどこかでまだ容認している

規制を掛けてはいないからです
好きなように商売をさせているからです
だれでも 何の資格も資質もなくできる商売

それは 日本が どっぷりと経済優先社会だから

この全体の形が変わっていかない限り
ブリーダーやペット商売に規制がかかることはないでしょう

「欲しがる人がいるから殺される」

これ、毛皮反対の時によく使われるフレーズです

犬にも当てはまります

欲しがる人がいるから、繁殖屋が現れる
繁殖屋は 金もうけのためにやっているから簡単に殺す

殺しても 犬は物扱いだから 犯罪扱いにもならない
たぶん捜査も適当・・(であってほしくないけど)

ニュースの最後に
「いいブリーダーに迷惑が」みたいなことをキャスターが言って
夫が「いいブリーダーなんているの?」ってとっさに言ったんだけど

いいブリーダーは存在しない、と私は思っています
ましなブリーダーがいるだけで

そもそも、命の売買に反対です

激しく同意したので某ブログ記事を転載させていただきました

消えていく命より
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今度は佐賀でマルチーズたちの遺棄。

ここの所、連日のように報道されている各地での動物の多頭遺棄。

なんで突然そんなに沢山の動物が・・・って思っている人も多いのかもしれないけれど、たまたま遺棄されている子たちが発見された分というだけで、今までも、そしてこれからもずっとこういった事態は変わらないだろう。

法改正によって行政が引取りを拒否することが出来るようになった故の結果ではないか的な報道もされているけれど、保健所での窒息死による殺し方にするか、人目のつかない、もしくは敢えて人目につく場所に遺棄するようにしただけで、実際に処分している命の数は変わらないはず。

毎日毎日、多くの動物たちがまだ生きることのできる身体を持ちながら人間の勝手で行政を介し合法的に殺されていっている反面、大量生産工場の生き地獄の中で無理な交配によって余剰すぎる数の仔犬仔猫が生産され続けている。

家族連れやカップルが笑顔でショーケースに目を向けている様子が微笑ましい光景かのように認知されているこの国。

取り繕われた綺麗な側面しか見ずに、カワイイ!運命だ!なんて言いながらお金と引き換えに命を簡単に入手することのできる日本。

こんなニュースが流れたって、目の前に並んで売られている動物たちの背負っている現実を作り出しているのは、鬼畜のブリーダーだけでは無く、命に対しても流行廃りの激しい趣味趣向を持っている消費者一人一人だという事が全く分かっていない。

明らかに純血種ばかり、そして何度も出産を繰り返しさせられた形跡のある雌犬と、やはり去勢手術もしていない雄犬たちの大量遺棄(殺してからの遺棄も含めて)なのだから、確実にブリーダーの仕業であることは明確であるのに、大量生産工場としてのブリーダーの存在が無くなる事は無いのであろう。

そもそも命の価値を金銭換算すること、売買することが全くおかしい。

ペットショップでお金を出して動物を「買う」事に何の疑問も持たない事が、悪質ブリーダーを育て、死ぬか用無しの烙印を押されるまでの間、ずっと狭く汚い陽の目も見ないような場所で飼殺されている多くの動物を生み出しているのに。

そもそもブリーダーの存在意義ってあるのだろうか。

いやいや、世の中悪徳ブリーダーばかりじゃないよ、ちゃんと愛情を持って清潔を保ち、充分な栄養を与え運動もさせているっていうブリーダーの方々ならば、この命は不要で、この命は必要って線引きは一体どこからやってくるのかわからないけれど、毎日殺されている犬猫がたくさんいる事は知りつつも、どうしても(この動物たちの命の数を支える器の無い日本をわかっていながら)生ませたい、殖やしたいっていう思い、若しくは止むを得ずって事情で繁殖させるのならば、そこで産み出した大切な命を託す相手は、お金を介するのではなくこの人だったらという信頼で託すものじゃないのか。

ペットブームで愛犬家、愛猫家なんて言われたり自分もそうだと思っている人も多いのだろうけれど、動物の存在を本当に家族として捉えるならば、そこに売買が絡んでくるのは異常じゃないのか。

家族はお金で買えるモノ?

「モノ」として生産しているブリーダーはもとより、「この種類」だとか「この子じゃなきゃ」と選り好みして買って得た「モノ」を家族として迎え入れている実態そのものが、とても歪んだ社会に思えてしまう。

遺棄に限らず、毎年ブリーダー崩壊が起こり、ボランティアたちが懸命な救助活動をしている実態をわかっていながらも、今もなお愚かな消費者のニーズに応えるべく命をモノとしか思っていない鬼畜の生業の存在を容認している社会、国では、今この瞬間も、劣悪な環境の中で仲間の死体を横目にしながら何の希望も無く生産マシーンとして利用され続けている繁殖用の動物たちの悲劇は無くならない。

みんなたった一度の大切な大切な命なのに、愛情を持った人間とは一切関わることのないまま、モノとして生み出され、殺されていく動物たちの生涯って一体何なんだろう。

スポンサーサイト

カテゴリ: 思うこと

コメント

コメントの投稿
Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://inunokai.blog.fc2.com/tb.php/324-a90d9b38
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。